私はスイスの山奥にある小さな村に生まれ育ちました。おじさんは合気道の道場を持っており、小さいころから日本の武道との触れ合いがありました。私は近所の空手道場に入門し、長年の修行で教えられるようにもなりました。昔から日本の伝統文化に憧れ、10年前に来日しました。最初は居合いの修行に取り組みましたが尺八に出会い、2009年5月より、茅原琮山先生のところで練習を始めました。親は二人とも音楽活動していたにも関わらず自分にはその音楽的素質はないと思い込み、楽器から遠ざかっていました。一生音楽の世界には縁がないと思っていたところ京都で尺八に出会い、お寺で尺八の吹奏を聴きその音色に魂を奪われ、自分も是非吹けるようになりたいと言う願望が心の底から湧き上がってきたのです。音楽にそれ程魅力を感じたのは生まれて初めてでした。稽古を始めると楽器を通じて自ら音を創り出せ自分を表現出来ることに感激しました。ところが最初は音がなかなか思うように鳴らず、やっと音が出る位置を見つけたと思ったら、姿勢の僅かな変化でまたその角度が変わり、鳴らなくなった事は何回もあり尺八の難しさや奥の深さを痛感しました。

 特に本曲をマスターする事は非常に難しいと感じており、先生方の感銘深い吹奏には圧倒されました。技術のレベルが貧しいとその表現は束縛されると感じ、日々の稽古に励みました。指導力の優れている茅原先生に恵まれたお陰もあり、少しずつ上達出来ました。師匠の御指導も分かり易かったため、音楽の素質がないと思い込んでいた私も自信を持てるようになり、積極的課題に取り組み始めました。2011年6月四国松山市で検定試験を首席登第で准師範の資格を得、師匠に御指導に注いで下さって心血の一部分でも返せる事が出来たのは一番の喜びでした。

 洋楽と比べ、邦楽の世界は閉鎖的であると言う声をよく聞きます。私が特に感じたのは師匠と弟子の関係の違いです。洋楽では上下関係もあまり無く、師匠と弟子の関係もさほど親密ではありません。一方では自由に行動出来ますが、その反面、師匠も弟子のためにあまり責任を感じていません。関係は親密ではないから辞める事も比較的簡単なのです。
 四国での准師範試験は全国から受験者が集 まりました。受験する弟子に師匠がわざわざついてきているのを見て、私は非常に感動しました。西洋の考えでは師匠はそこまで付き合う必要はありません。上下関係は居合いの世界でも激しく、それによって束縛されているように感じている外国人も沢山います。それ故に、外国の人は日本の伝統文化を理解出来ないと簡単に批判される事が多いのです。しかし外国人でも教えて頂いている師匠に感謝の気持ち、尊敬の念を持っています。言葉や行動では日本人と同じように表せないだけなのです。

日本の素晴らしい伝統文化を継承して、次の世代に伝える義務は私達にあるのではないかと痛感しています。異文化から来ている私でも心より貢献したいと感じています。そのためには向上心を持って、師匠の心暖かい御指導の下で尺八の修行を積みながら沢山の人の感動を呼び起こせるような尺八演奏家になりたいと思っている。